どうにもならない日

こんなはずじゃなかった2020年からの生きる記録

2021年4月29日〜4月30日

4/29

最近やたら眠い。いくらでも寝れる。少し前にみた世界一受けたい授業というテレビ番組で女性特有の悩みとして生理痛やPMSについてやっていて、女性がホルモンバランスが安定して調子が良い時というのは月に二週間だけとだと言われていて、ショックと同時にやっぱりねと思った。それからズバリ生理そのもので怠い時期じゃなくても、調子悪くて当たり前なんだから眠くて何が悪いんだと開き直れるようにはなっている。今日は尚更天気のせいもある。朝ごはんを食べながらもうすぐ8時10分、ノージーが始まると思ったらワンワンが始まって、そうだ今日は土曜じゃなかったと気づく。今日からしばらく休みだから土曜の感覚だった。夫が起きてきて即出かける準備をしている。やまちゃんとエリックサウスの朝カレーに行くという。私だったら休日の雨の朝にわざわざ行く気にはなれないから特に羨ましい妬ましいとは思わない。ただいくらやまちゃんでも気軽に会食していていいものなのかというのは気がかり。すでに昨日家に来てマスクなしで飲み食いしていたわけだから私にとっても今さらなんだけど、外食による会食ばかりが悪のように口酸っぱく言われているけど、この家で集まるという方がさらにリスクあることなんじゃないかと思ってしまうのだけどどうなのだろう。何か食べるにも店のように気遣えないし、住空間のなかでマスクしているのもなんか失礼のような気もしてしまう。ふつうに考えたら密接するなら家だってアウトなんだけどあまりに外ばかりを抑制していて「家ならいい」と法の抜け道のような勘違いになってしまっていないか。普段会わない人や知らない人との接触は意識するのに、日常のなかだと油断するのが職場や家庭内ということ。せめてもの救いは夫の油断対象であるやまちゃんやごっちゃんが高円寺界隈からあまり出ていくようなことがない、移動は基本自転車、というところ。共通して酒呑みというのはあるけど。それはそうとしてともかく、私がエリックサウスに行けるのは連休明けになるのか。

雨がしっかり降っているから、子の育てているミニひまわりのプランターを雨の当たる位置に置いて今日は自然の水やり。昨日から明日は雨だからテントを出して遊ぼうかと約束していた。久しぶりにティピ型テントを出す。でもあまり中には入らずその外でだらだら遊ぶ。制限なしにやりたいようにやらせているとあまり付きまといもないような気がする。座高円寺のイベントはどうなったか電話で問い合わせると、電話口の女性は声を大にして勧めたくはないんだろうなと伺える間をとりながら「はい、開催はしております」とだけ、多くは語らず。こちらも分かりましたありがとうございますと電話を切る。本当は問い合わせに答えたくなくて、気づいた人だけ来ればのだろう。流行ってしまうと閉めざるを得なくなる。イベントがことごとく中止になっているから、まさかこれもやってるとは皆んな思わないだろう。あそこなら雨でも遊びに行けるよと子と予定する。でもまだしばらくテントで満足いってる。昼にはお弁当にしてくれとのこと。ソーセージ、ブロッコリーミニトマト、キュウリ、チーズと焼きおにぎりを詰めてテントに届ける。夫に呼ばれて何かと思ったら明日車が借りれるからシルバニア行く?と言われて、ずっと私が子を連れて行きたがっていたのだけどいざ今行くとなると、いいのかしらと弱気になってしまう。ママ友のように宣言前から予定していたというならまだ自分に言い訳できるけど宣言真っ最中に決めるというのは気が引ける。でもそこは3年前のオープンして数ヶ月の頃に行ったことがあって、広々とした屋外施設だけどアクセス悪い場所だから人が殺到することがないのは目に見えていて、行ってしまえば都内のどこにいるよりも人との接触がないのは分かってる。明日はまだ平日ともいえる日だし思い切ることにした。何より運転する夫がその気になってくれた時だけしかチャンスはない。子に明日はシルバニアのパークに行けるというとそれはもうとんでもないテンションで喜んで、そうと決まれば大事をとって今日はもう雨のなか無理して遊びには行かないことにした。春休みにそうして体調を崩したことを忘れない。ごろごろ遊びながらあらためてシルバニアパークについて調べる。事前に調べておくだけでお得な情報があったりするから見ておいてよかった。しかし合わせて都内から車で出掛けることについてもまだ気になってSNSで人の状況を調べてしまう。子の念願のシルバニアなのに私はいまいち全力で喜べなかった。夫はその後も雨でも仕事で外に出て行ったりしていたけど私達は一歩も家を出ず、あるもので夕飯にシチュー。できるだけ早く子を寝かせてあげなくちゃと思っていたけどテンション高い子をなだめながら結局いつも通り。

連休に会おうと決めていた友達にLINE。正直この予定も気が重い。緊急事態宣言になってしまったねと断った方がいいのか、でもそれを相手はどう思うのか。接客仕事をしている彼女からしたら、そんな簡単に人を断てるなんて専業主婦は気楽でいいわねと思われるかもしれないし、そうして不特定多数の人との接触がない私の方からそれを言い出してしまうと私が相手をバイ菌扱いしているような感じに見えてしまうのではと、どちらにしても一年前の混乱と違って日常が機能している今は会わないとかそんな弱気なことを言ってられない。友達はもちろん、自粛した方がいいかなとかではなく、連休だったはずが4、5と出勤になってしまったから1〜3でとのこと。子ども同士が楽しみにしていることでもあるから腹を括って約束をして駄話に続く。ふとした話から二十代の頃に見ていた同じ景色のなかの話。過去の時代を共有できる人がいる喜びはあるけど、でも最近はそこまで振り返って話すのも疲れてしまう。もう昔の自分とか熱狂した世界とかどうでもいいなという気持ちもある。

 

4/30

わくわくし過ぎて寝るのが遅かったのに目覚めが早い子。朝ごはんにパンを食べる余裕もあり。わざわざシルバニアにまで行かなくても充実しそうな良い天気。私は今日は起きてすぐに洗濯。隣りのおばあちゃん家のベランダに人影があって、目が合うくらいに隙間が多くてすぐそこに見えていて会話をしなきゃならなくなるのは勘弁だからいつものようにこっそり様子を伺う。見えた頭が黒くて、おや?と注意深く見ていたら動く腕がどう見ても男性。布団を干している。やっぱり本当に息子いるじゃないか。朝早くから干されている布団は息子が担当していたのか。息子が朝が早いから早くからごはん作ったり忙しい、と言っていたのは本当だった。私達はバタバタと支度をする。ミニひまわりに水をあげようとするとついに小さな芽が出ている。昨日まで無かったのに!やったー!とトトロのサツキとメイのように喜んだ。そんなに元気だから忘れかけていたけど、子は酔い止め飲まなくていいの?と気にして、前に小児科で出してもらった酔い止めの薬を飲ませる。これで吐かなくなるというより眠れちゃうんだと先生からいわれている薬で、その効果は確かだった。車を借りる駐車場はわりと近くとのことだったから皆んなで歩いて行く。駐車場の近くにある幼稚園が賑わっていて続々と登園している。うちの園が休みなだけだったのか。小学生もふつうに学校だろうか。それじゃあ今日は行き先は本当に空いてるかもしれない安堵。車で一時間半ほどの予定。道路は順調に進む。しかし高速に入ると電光掲示板に「不要不急の外出、移動の自粛を」と表示されているのが目について胸が痛む。子は以前は薬ですぐに寝れていたはずなのに今回はずっと居心地悪そうな、目は閉じてるものの寝れないようで寝返りをうつようにあっち向きこっち向きを繰り返す。ロンTの上に着たワンピースだけ脱がせておこうかなと思いながらも起き上がらせるのも手間に思ってそのまま。子の様子を伺ってはビニール袋をあてがうも大丈夫と首を振られてばかり。周りにレンタカーナンバーや都内のナンバーが見えるとホッとはするけど、全く落ち着かないまま、もうすぐ最後のジャンクションだというところで私の肩に寄りかかりながら寝ていたはずの子が突然、ボワッと吐いた。パニック。子だけでなく私の服までゲロまみれ。いつどこで高速をおりたのかも記憶にない。私はまだ湧き出るゲロを袋で受け止め、どうにか触れないように服を脱がせるのに必死で、気がついたら車はセブンイレブンに停まっていた。やっぱり気がついた時に無理をしてでもワンピースを脱がせておけばよかった、と後悔先に立たず。もう着替えを買いに行くことしか考えられない私をよそに夫がセブンのトイレで汚れたものを洗ってくる。それでも私はまだ買わなきゃだめじゃないかと思っているけど夫はコインランドリーで乾かすとか言い出して揉める揉める。大体こんな田舎にランドリーなんてあるわけない。コインと見えたと思ったら大体「コイン精米所」。見えてるんだかなんだか、夫も無言のまま車を走らせ子のワンピースだけ窓からはためかせる。確かに今日は天気だけは恵まれている。結局ランドリーに出あえる前に目的地についてしまった。だだっ広いのに閑散とした駐車場、入り口の駐車番小屋におじさん二人、こちらを見つめていてドキドキする。東京ナンバーなことは一目瞭然なわけで、これはどうなんだろうか。そこに触れられることなく支払いのやり取りがあって、最後におじさんが「ごゆっくりどうぞー」と言った。私はやっと張り詰めていた緊張がほぐれる。駐車場を進むと高速で見たように東京ナンバーや県外レンタカーが並んでいてより一層安心感。ボンネットの上に服類を並べておく。私は半袖の夫が予備にもってきていたロンTに着替え、子はまだうっすら濡れているワンピースを着てしまう。早く遊びたくて大丈夫と言っているのだろうけどこれだけ暑ければそのうち乾ききる。昨日調べた割引サービスで一人100円引き。まずは牧場エリアで日に当たりながらエサやりをする。エサひとつサービスの手続きも昨日してある。テーマパークなんて別世界でお得なサービスがあるわけないと思い込んでいたけど調べてみたら意外とこうして割引があるものだった。ここのどのスタッフと接しても会話が過剰で、これは茨城の特徴だなと同郷の私はあらためて感じた。1話したら3返してくる。サービス精神のつもりなのか気遣いなのか取り繕っているのか、何かによってお喋り気質になっている。牧場、動物ふれあい、食事、エアー遊具にメロディペットなどのコイン遊具、そしてシルバニア。まだまだその段階にたどり着けていないけどアスレチック体験やBBQもできるらしいし、どこをとっても子の好きなものだらけで本当に良いところに来れた。三年前のド平日に来た時はシルバニアパーク内のイベント時間だけ人が集まったけど気がついたら人影はなく、この造りが相まってディストピア感が半端なかった。3年経って認知されてきたのか連休中の平日だからなのか今日は程よく活気があって、昭和のテーマパーク感を味わうことができる。その最たるもののような巨大エアー遊具で遊ばせている時、他に客もなくスタッフの若い女性がつきっきりでお喋りしてくる。どこから来られたんですか?と聞かれ、東京ですと答えてからはっとして、こんな時にすみませんと言うと、相手もそんなつもりは無かったのだろう慌てて、全然全然!県外からたくさん来てますと、それが普通といった感じに続けて話す。明日はこの駐車場が埋まるくらい来場があるはずと確信もって言っていた。最後にアイスを食べたり買い物をして、小屋に帰っていく動物達を見送りながら私達も帰る。はじめ道路は順調に進んでいたけど途中から混みだして夫がイライラ。だから早く帰ろうって言ってたのにとぶつくさ言うけど、私は滅多に行けないところへのお出かけだったんだから満喫するのが第一で、そのタイミングで道が混むのは仕方ないとも思っていた。運転しない立場だからそんなこと言えるのかもしれないけど、それでもそれなりに時間を気にして行動していたつもりだし、これが日々のことなら回避したいけど今日だけのことなんだから覚悟してもいいんじゃないのか。大体、今日は行きのゲロトラブルがあったから、あれがなければ一時間早く帰れてたんじゃないの?と言うと夫は黙った。揉め事に子どもを巻き込んで子どもには申し訳なかったかもしれない、好きで吐いてるわけではない。でもそれで遅くなったのは事実だし、こうなることが嫌ならもう出掛けることを自分で諦めればいい。昔々、私は家族とこうして車で遠出することが好きでなかった記憶がある。どこに行っていてもこうした車内にいたことしか思い出せない。子どものためにと親は思っていたかもしれないけど逆にそこまでして出掛けるのは苦痛と学ぶことになった。だから私自身はあまり遠出願望はない。電車は好きだけど乗り継いだりしてまで遠くに行きたくないと思ってしまうし、自由気ままに走れる自転車で行ける距離が一番。それでも子は車で出掛けたい、楽しいと言って、しばらくして寝入った。車は私からしてみたらそこまで渋滞になっているようでもなかったし、子が寝たから夫も落ち着いたのか普通に話し出して、これがまた揉めることになる。自分が嫌いな若者像があって若い若いと思っていたらそれももう3、40代になっていて驚くことない?と言われてさっぱり分からなかった。夫としてはマッシュルームカットにカーディガンとかのいかにも下北って感じの人のことらしいんだけど、そもそもその若者像は私としては自分より歳上のものだから夫の驚き設定のイメージができない。例えば私が苦手だったピカチュウギャルとか?ピカチュウのつなぎパジャマみたいなの着て街歩くやつ、自分より少し下世代として30代、それがいまだにギャルだとしたら目に余るというより圧倒されるでしょう。歳を重ねてるのは当たり前だからマキシマムザホルモン好きな人が40代でも年齢に驚くことはない、ダサくないかと思うにしても。人が歳をとっていることに驚いているの?何が言いたいのか分からない。深い意図はない、そのまんまの意味というからさらに理解できない。同意もできず言葉を詰まらせていると、なんでわからないかなぁと怒り出した。単純に私は人の状態をネガティブな捉え方して軽々しく口にできないと考えるようになったんだと思う。こないだ作ったビーズブレスレット、アルファベットビーズが多かったから何か言葉にしようと迷って傍にあった唯一の書物、聖書から引っ張ることにして何気なく選んだ言葉が「人を裁くな」。私の思考がそこにあるから夫の話が分からないのかもしれない、と繋がった気もする。自分に自信がないから口を閉ざしてしまうというのもある。それこそ皆んなでビーズ作りをしている時に、やまちゃんの彼女のなおちゃんが夫に腕をみせて、毛生やしてんの、強そうでしょと言っていたけど、そんな発想は私には無かった。責められないためにか笑われないためにか信用を失わないようにするためか、私は何を恐れているのか分からないけどできれば隠したい。だってそれには度合いってものがある。見せれるものと見るに耐えないレベルのもあるはずで、彼女はちょうど良いから出すことができるのかもしれないだけなのに、知らない人がそれを基準にしたうえで自然体でいることが尊いことのよう崇めてしまうのは辛い。私が恐れるようにマイナスに捉えられる場合の自然体や、それが理想でもそれぞれの事情でつくり込まなきゃならないこともあるだろう。だから私は、いま表に見えているその人の状態だけで裁いてはいけない、と思う。そうこうしているうちに子が目を覚ましたもののボヤッとしている。もう車はとっくに都内の、このトンネルを抜けたら見知った街だというところまで来ていた。ビニール袋を何度も顔に近づけては大丈夫と断られる。気持ち悪いと思った時には間に合わないから基本はビニール袋を当てておいてそれが苦しくなった時に顔を背けるようにと教え込む。新中野、家までもうすぐそこというとこまできてついに吐いた。帰りでも吐くとは相当だなと面くらいながらも、ビニールに吐けて偉い偉いと声をかけ続ける。歩いて帰れる場所まで来ていて一刻も早く車を降りたいけど停めれるタイミングがなくて結局もう少し吐き続けながら家の付近に到着。こればかりは本当に可哀想になる。外にでれば安心したようで家に入った時にはもうすっかり元気を取り戻す。荷物を出したり汚物がついたものをすぐに洗濯したりバタバタ。夫は車を返して戻ったら即ごっちゃんのところへ出て行った。子が寝る頃、退会しそびれている昔のタイ語教室のLINEグループに、タイに帰った元先生からタイ語でメッセージが連投されてきて、今もレッスンを続けているメンバーはもちろん余裕で読めて理解できているのだろう、返しながらたまに日本語混じりもあって、それで私はなんとなく分かったけど、その先生の友人がコロナになったという話みたいだった。本当に怖いですね、皆さんも気をつけましょうとしみじみしていた。私には読めない何かが書かれているのだろう。子が寝ついても夫は戻らず。確か昨夜もだ。連日出歩いていて、いつも同じメンツだとはいえ、そんなノリでいて大丈夫なんだろうかと不安が襲ってきて、マスクしてるか?帰ったら絶対すぐに風呂に入るように!といちいちLINEで東京都のようにアラームをする。