どうにもならない日

こんなはずじゃなかった2020年からの生きる記録

2021年9月6日〜9月10日

9/6

新学期と共に晴れ間が戻ってきた。昨日仕上がっていた履歴書等を朝一番でメールする。今日は忙しい一日になる。初日は荷物が多い。着替えの詰まった着替え袋、替履、上履き、持ち帰ってきたけど一度も触らなかったクレヨン、カラーペンセットに絵本4冊。自転車のカゴを溢れさせながら行く。園内に兄弟いる人はどんなことになっているんだか。月一回の全学年での保護者会は二部制になっていて、後半組の委員会メンバーで絵本の棚戻し作業をする。通常の倍量となると人数の少ないクラスでもなかなかの量。年少さんの母が、ただでさえ少なかったのに夏休みの間に二人転園になってしまって、と話した。聞くと一人は養護施設にいた子で、一学期に我が子が割と面倒みていた子だった。その子から懐いてくれていたようで、はじめは、いつもついてくるんだよ〜と少し弱ってるかのように言っていると思ったら、日々の遊び報告の話のなかに自然と名前が出てくるようになって、プールがはじまる前には、「大丈夫かなぁ、自分も年少の時は怖かったから。」と気にかけていた。里親が見つかって引き取られていったという。「里親」という響きに軽くショックを受ける。そんな猫のことみたいな、世界名作劇場のような話、でも現代の日常にあったこと。私達の園には施設の子は何人もいる。子ども達がそれを特別視するようなことは全くない。明らかに色んな人がお迎えに来ていることに、誰なのと無邪気に質問されるんじゃいか、なんと説明していこうかと身構えていたけど、意外と疑問にすら思わないらしく、そういえばそんなことを聞かれることもなかった。そうしてどの子も一見変わりない、いち幼稚園児でしかないけど、その子は完全な孤児だったわけで、3歳にして家族となる新たな人達の元へ一人で向かっていくのはどんな気持ちになったのだろう。朧げながらもこれまでの暮らしを記憶しているはずの、あの小さな子の感情を想像して胸がぎゅっとなる。そして比べものにはならないけど、我が子はこれからお父さんがいない人生になっていくわけで、これまでのお父さんの記憶とどう付き合っていくんだろう。つい自分達のこれからを考えてぼんやりしてしまう。最近人とのコミュニケーション自体がしんどくて、二学期のはじまりが憂鬱でしかない。黙々と本棚を見つめて整頓に集中する。ほどよい時間になって保護者会へ。お腹が空いてきた。近くの自販機で炭酸水を買ってごまかす。たったこれだけのことでも、私には余計なお金を使ってる余裕なんてないのにと自分を責めて辛くなる。先生が自分の夏休みの出来事などを話してくれた。これまで勉強会がいくつかあっても現場をあちこち回るのは難しかったけどリモート時代になって参加しやすくなったのはよかったと言って、こんなベテラン先生でもまだ勉強会を必要とするとは立派だなと感心していると、そのなかで若い先生のコメントにドキリとさせられたという話になる。幼児教育の遊びについてをテーマに語られていた後半になって、突然どこかの若い先生が、そもそもそんなに遊んでいていいのか?もっと何か学習をしなくてはいけないんじゃないのかと言い出したという。先生はこれまで遊び以上に大事なことなんて考えられなかったから、同じ幼児教育者の立場としてこの発言に大変驚いたと話した。子どもにとっての自由な遊びがなぜ大事か。先生は心を育てるために必要不可欠なんだと力説する。他者も含めた遊びのなかで自分の芯をつくる。それが自己肯定感を育むことにもなる。私たちはこの方針に共感してこの園を選んでいるし散々聞いてきた話だけど、やはり違う考えの教育者もいるわけで、こう問題として取り上げた先生もそれでも何が良い悪いじゃなく答えはなくて、自分で信じて、思って、考えていければいいと締めた。毎度この保護者会は身が引き締まる。そのまま子ども達の引き取り。初日は午前保育。今日は楽しみにしていたプラザの周年記念イベントだから子も言うことをきいて真っ直ぐ帰り。お昼ごはんを食べて2時をまわりプラザへ向かう。早速イベントをやっている二階に人が集中しているらしく下はひっそり、二階はすでに友達も来ていて盛り上がっていた。ボール転がしやボール投げなど先生達が自作のいくつかの遊びと、お待ちかねの宝探し。友達が大当たりで欲しがっていたライトセイバーをゲット。うちは残念賞の景品のなかからクリアファイルをカットしてら作られたミニバッグを選んでポジティブな反応をしていたけど、あとでやって来た昔馴染みの先生が、どうでした?大当たりしましたか〜?と聞いてきた時は、喜びを思い切り伝えるお友達をよそに少し拗ねていた。準備したよりも人が集まらなかったのか、もう一周後でやれるかもとのこと。その二回目は中当たりで、お菓子のラッピングだとかで袋を口を綴じるのに使われる針金のメタリックなやつで作られた指輪を手に入れて、今度こそ無理をし本当の満足をしていた。今日は約三時間、よく遊んだ。

 

 

 

9/7

今朝はお弁当の準備なんかも早く終えれて、おかあさんといっしょを観ると久しぶりにポンヌフのたまごが流れた。はじめて聴いた瞬間から好きになって、どこかの国の童謡みたいなものか、でなきゃ子ども番組のために作られた歌かと思って調べたら、ほんの数年前のそれもハンバートハンバートの曲だったから驚いた。現代に作られたと思えないほどトラディショナルな歌。

今日は委員会作業。今月に予定していたバザーはやらないことになったと昨日の保護者会で報告された。バザー作業が今日のやることから無くなって少し余裕ができ、お喋りしながら作業。年少さんの母で台湾の人がいて、お父さんが送ってくれたというソフトキャンディのようなナッツ類の入ったお菓子を配ってくれて、そこから台湾の食べ物の話になって盛り上がる。お菓子サークルのママがパイナップルケーキの作り方を熱心に聞いたり、私が、我が子が台湾唐揚げジーパイが好きだというと今度レシピ持ってきます、と手記を交えながら色々教えてくれた。彼女は自分の作ったパイナップルケーキを自分で縫った袋に入れて販売しているらしく、やっぱりアジアの人は皆手仕事が基本にあるものなのねと感心した。時間になり解散。私はそのまま区役所へ。ひとり親の手当はどのタイミングでもらえるのか、また他にも支援があるのかなど話を聞きに行く。ひと通りお金に関する話を聞いたら、今度はひとり親家庭支援担当を紹介された。これから生計を立てていくためにまずは仕事をどうするかなど、私がどんな人間であるかを聞き込みしながら色んなパターンを説明してくれる。すでに手厚い。ここまで優しくサポートしてくれるなら頼もしいとすら思える。しかしやたら前向きにといった話をされて、いや私はまだ離婚に納得してないんですけどねと思いながらでもある。隣りの介護だかの窓口では車椅子のおばさんがめちゃくちゃ声を荒げて行政を非難していて、手厚いと思うとなんだか少し申し訳なくもなるし、誰もが納得するようにはなっていないんだなと思うと同時に、助成にも慣れてくるともっといいはずだろうと欲もでるのかもしれないと思ったりする。帰ってごはんを掻き込んでお迎え。最近はもう食べれている。それでも完全なる二人分の食事なんてたいしたことも出来ず、日々昨日の残り物に何か足すような食事。元夫の方も食べるようになっていて冷凍しているお米もその都度順調に減っていく。

お迎えから公園へ。一時間ほど遊んだところでお友達のみーちゃんが疲れたといって解散。今日はこのまま遊んでしまおうかとプラザへ。ママ友に今日聞いていたひとり親支援の話をする。ディズニーランドやサンリオピューロランドなど指定の四カ所くらいが、年に一回少額だけど助成金がでるとのこと。子にはそれを楽しみにさせれば別居にも前向きにはなれそう。元夫は最近この件に触れてこない。住民票が移った翌月分から手当が支給されること、聞かれたら教えようかと思うけど、なんで知ってたのに言わないんだとまた私に不信感をいだくのではないかという気もするし、人ならどうするかマサコさんやママ友に相談。とりあえず今夜はわざわざ知らせないことにする。履歴書を提出したところからも早速面接の連絡がきて順調。

園ではオリンピックで知ったことを学びながら独自のオリンピックで遊んでいるらしく、子が色んな国を意識し出した。カナダはメープルシロップがあるんだよと、メープルクッキーお父さん好きだから教えてあげるんだと言っているからボイスメッセージを送る。お父さんと触れ合わせてあげられなくても平日なら気にならない。

 

 

 

9/8

送りのまま区内のハローワーク出張所まで。ハローワークの他に区内だけの求人情報もあるらしい。自転車で走りながら、私が前職が好きだったことをあらためて考えた。実働として何がやりたいかという以上にその業種に関心があったから続けられたというのがあるなと思った。そしてそこに関わることは自分が男性より優位または同等になれる唯一の手段でもあると感じていたから。そうして自分を保っていたんだと思えるけど、今は子どもの存在で自分を保ってる。そのうえでやれることをやろうと思う。ヤクルトレディとすれ違う。ヤクルトは環境はいいかもしれないけど、あのゴテゴテに荷物を積む自転車と、それに相応しくない服装なことがどうしても受け入れられない。ヤマトの配達とかUberみたいならアリな気がする。そうか、ヤマトの自転車配達いいかもなと思いながらハローワーク。係の人がなんだか融通のきかない不親切感満載で気分悪くなった。最後に通してもらった相談員の人も親身さに欠けていて、昨日区役所のひとり親担当の方が、人によるからと苦笑いしていたことを早速痛感した。担当の方はとても親切で、昨日の面談の後も何度も電話で補足の連絡をくれた。そういえば最後の電話に出れないままだった。建物を後にしてから連絡すると、ちょうど今日来たこの建物の二階の福祉事務所で、ひとり親に専属で職探しのフォローをしてくれる仕組みがあるらしいかった。全く知らずに普通にハローワークに来て、私の提示する条件の厳しさに冷たい態度を取られて嫌な思いをしてしまった。その専任の方と日程調整をして同行までしてくれるらしい。手厚い。今はもう面接予定のところしか考えられないけど、並行してやっていくのもいいと提案されて希望することにした。色々決まってきているけど誰に共有できるでもなく、私を応援してくれる人もいないことが寂しい。こっちまで来たのも久しぶりだからその通りにある昔ながらのパン屋さんでいくつかパンを買って帰る。部屋のポストに区の集会所でフラワーアレンジメントが習えるというチラシが入っていて、あんパンを頬張りながら問い合わせてみる。なんでもやってみたい気持ちになっていた。けど区の集会所のくせに意外と高くて速攻チラシは丸めて捨てた。お迎えのまま公園。リュックのなかにお便りが入っていて、今日は梅干しを持ち帰ってきているらしい。園で漬けた梅干しを子ども達は昨日お弁当の時間に食べたとのことだった。みーちゃんのママがお弁当袋の中まで開けてみると、なかなか立派な梅干しだぁと言って、みーちゃんがお父さんお母さんの分で二つずつなんだよ!と付け加えた。こういう話が出た時はなんとなく子の様子を伺ってしまう。子はそれを傍目で見ながらみーちゃんを遊びに誘って離れていった。少し雨が降りだして解散。通り雨だったようで家の前に着いた頃には止む。自転車のカゴから水筒を子に手渡す時に落として蓋が壊れてしまった。明日も必要なのに困った。前に使っていた水筒も同じ種類のものだったから蓋が使い回せないか思い出しながら、最悪図書館の後に買いに行かなくてはならないことも考える。当たり前に使っているだけだったけど子は案外思い入れがあったようで涙ぐんでいて、おやつを食べさせながらガサゴソ探すと蓋が出てきた。よかった、緊張が解けた。図書館に向かうと今日も一番乗り。読むのが少し下手なおばあちゃんで、分かってたんじゃないかというくらいに今日は皆んながなかなか来なくて不安になった。ギリギリになっていつものメンバーが集まり、今日は大型絵本。絵も見やすいし読むおばあちゃんには文字も見やすいだろうし、いつも大型絵本でいいのにと思う。今日は積極的に子が絵本を選ぶ。といっても目についたものをバカスカ持ってくるだけとも言えるけど。この前借りたなかでは「きりばあちゃんのともだち」が気になる話だった。大きな木から切り株になってしまったおばあちゃん。不自由を感じながらも近くに咲いていたタンポポと友達になって、木だった頃の広い空の世界の話をして聞かせたりして過ごしていた。やがてタンポポは萎れて、きりばあちゃんはどうにも出来ず泣いて困り果てる。と、タンポポは白い綿毛となって復活。が、すぐにそこから飛んでいなくなってしまった。きりばあちゃんはその後も色んな虫などに出会っては別れを繰り返し、長い冬を越えたあと目を覚ますと、そこにはたくさんの仲間を連れたタンポポが戻ってきていた。タンポポは空の世界はそれはそれは素晴らしかったと言う。一見良い話のようなんだけど、やっぱり地に張り付いているよりも空高くから色んなことを見渡せるほうが自由を感じるものとされていることや、きりばあちゃんは皆が巣立っていっては、これでよかったんだわと自分に言い聞かせていて、おばあちゃんになるというのは諦めることみたいな感じが、なんともモヤっと考えてしまう話だった。

今夜は有吉の壁ではなくお笑いのネタ番組で、MXのアニメとかつけてあげようかなとチャンネルを動かしていると、お笑い番組でいい!と子に言われる。人が育つのは気楽になるところもあり、らしさが消えていく寂しさもあり。

帰ってきた元夫に子が梅干しを食べてと勧めて、絶対「自分はいいよ」と言うと思ったのに目の前で一粒パクリと食べて、すっぱい!と子におどけてみせていた。私達の前で元夫が食べ物を食べたのはこれが最後かもしれない。

 

 

 

9/9

猫の嘔吐音で中途半端に早く目覚めてしまう。今日は完全に雨で歩きで園へ行く。歩きだと早く出ること意識しているけど思ったよりはゆっくりの時間になってしまって焦る。でも気づけば子も歩くペースが早くなってきたようで、案外程よい時間に到着できた。そしてクラスの保護者会。夏休みのことについて報告。私は今も、それどころではないから充分に子どもの相手をできた気がしていない。当たり障りないことだけ伝えて終わり。皆んななんだかんだいって家族単位ならばと色んなところへお出かけしていたようで羨ましくなる。スーパーに寄って帰り。迎えの頃には雨が落ち着いていて自転車で出る。ファミリーマート、実質今日で営業終了。お迎えまでまだ少し時間に余裕があったから寄ってみる。毎回思うけど私は閉店の状態が苦手。もう入荷されることなく減っていくだけの棚は悲しいし、それでも日常を生きる人のために食べ物は入ってきて売られているのも切ない。そうしておにぎりをせっせと並べているお兄さんに、脇目もふらずに向かっていってどう?どうなるか決まった?と聞いたら、とりあえず合宿で免許を取りに山形に行くとのことだった。ルームシェアをしていることは前に聞いたから、またこの近くに帰ってはくる。でもいつもの場所でいつでも会える人がいなくなる。寂しくなるなぁ。あとでまた子どもと寄るねと言ってお迎えに。子にいよいよファミリーマート無くなるよ、お兄さんもお別れだよと話すと、いま手紙を書いて持っていくということになった。道を渡った100円ショップで紙とペンとシールを買ってモスバーガーに入る。子が気になっていたクラフトコーラを頼んだけれど、見向きもせずに熱心に手紙を書いた。気に入ったシールを貼って、コーラをグイッと飲むと自転車にも乗らず走ってファミマに向かう。レジには店長がいて、お兄さんを呼んでもらう。会うなりお兄さんは子が手紙に書いたことと同じく、お兄さんのこと忘れないでね、と子に言った。私が補足するために手紙を開いて見せると、ひらがななら読めるかなと言って、子の拙い文字でもお兄さんも理解してくれていた。記念写真を撮ると、お兄さんは裏から自分のスマホを持ってきてAirDropしてくれと言ってその場で写真を共有した。お疲れさまと別れる。最後の店長にも挨拶。この人は子が一歳くらいの頃ここで店長だった人。最後に再び戻ってきたのだった。そのままプラザへいく。ママ友からも今日は早く行って4時に帰る計画の連絡がきていた。元夫にお兄さんとの写真を送る。店長いた?顔出そうかな、とか返信がくる。元夫は店長と知り合いでもあった。最後を皆んなで一緒に迎えられなくて残念だったな。ファミマの表には本社のエリートみたいな人達がワラワラといた、と伝える。4時にプラザを出るとその後の時間の流れが落ち着いていて良い。

7時前、帰った元夫が物件あったんだけど、と北側に離れた家を見せてきた。近くに住むといっていたのになぜ北側なのか。子を支えることはすると言っていたのにどうしてそのための距離感じゃない場所を選び出しているのか。ちゃんとやる、とか曖昧な言い方でなくルールにしないとダメだと私が提示すると、そこまでしなくちゃいけないの?と言い出した。自分が本当に子を思うなら離れて暮らしてもそれはしたいはずなのに、やらされてると思うくらいならやっぱり家族を面倒だと思っているのと同じだと思った。怒りがおさまらない。そしてまた出て行った。

夜、子が寝てから長々とメッセージを送る。最近もマサコさんと夫婦、パートナー、家族についてやり取りしていた。元夫は、私がおかしいの一点張りだけど、人の話を聞いてもいち母親の変化としては私は一般的でもあると思う。元夫は人がどうしてそうなるに至ったかの感情に耳を傾けることはなく、ただ最終的な怒りだけを放出させたり、どこかの誰かを想定して比較しているみたいにケチをつけているようにも聞こえて、マサコさんは一種の言葉のDVでもあると常々言っていた。私はもっと客観的なアドバイスや落ち着いて話し合える場所はないのかと検索してみると、夫婦カウンセリングというものがあった。思い切って予約をしてみたい。パートナーと一緒の方が話が早いようでもあったから、元夫にそれを伝えると、自分はいいと断られた。今さら考えは変わらない、とにかく疲れた、とのこと。人の意見が入ってくるのが怖いんだなと思う。自分がめちゃくちゃなやり方をしていることは自覚しているのかもしれない。あらためて彼のコミュニケーションは破綻しているなと思う。良いところだけを見せ合う上っ面の人間関係だけでいいのだろう。

 


9/10

朝9時、ファミマが閉店する。登園で前を通ると昨日と同じに上層部らしい人達が店を取り囲んでどこかと連絡を取ったり忙しそうにしていて、中ではやはり昨日と同じメンツがレジ締めをしていた。自転車を少し停めて、バイバイと手を振る。

送りのままOKに買い物、戻るとまだ元夫は寝ていたけど子のランドセルが到着していて、代引としてそれは受け取ったようだった。渋谷のマザーズハローワークへ行く。マザーズのそこでしか見れない求人もあるから一応見にきた。マザーズ求人は税理士事務所やら医療のなんだとか、場所も港区とか中央区とかハードル高い職場しかなかった。シングルマザーであることを伝えて検索してもらう。調べ方によって引っかかる求人は違うから新たなものを発見。一応紹介状を出してもらって終了。とにかく今のいま始めるには制約があり過ぎる。お金さえ積めば預かり保育があったこれまでと違い、この夏休み明けからまたコロナ感染拡大による締め付けがあって日数、人数も制限され、その意識の高さから預かりをしないようにやり繰りする人がほとんどで、預けられたとしても友達が誰もいなくて孤独ということになりそうなこともまた頭を悩ませた。そして今日は暑い。夏みたいだと浮かれてもいられないのにこの暑さは煩わしいだけ。

お迎えのあとはいつも通り公園。でも仲良しのママ友から今日はいつものプラザでなく、懐かしの先生がいる少し離れた児童館に来ていると連絡がはいる。少し遊んでそっちに移動する。懐かしい先生の一人には会えた。こっちの児童館もめっきり幼児の利用が減ったらしい。先生に学童について聞いてみると前年度の冊子を持ってきてくれて簡単に説明もしてくれた。今朝、同じ学区のママともうすぐ小学校の説明会だねという話になって、彼女は私にライターの仕事を紹介してくれた事務局の人だけど、学童に入れるための条件というのを聞いたらしく彼女も条件の日数に達していないからと悩んでいた。あらためて先生にもう少し細かく説明を受けると、保育園に入る時のようなポイント制になっているらしい。例えば一年生はそれだけで三年生より預かる必要があるとしてポイントが高い。働くためには子どもを学童にいれなくてはならなくて、でも学童に入れるためにはこれだけ就業してなくてはいけないという条件があって、それを認めてもらうためにはすでにその実績が必要。つまりいま無理して働かないと学童にありつけない。なのに今の預け先がない。幼稚園母は一生仕事にありつけないんじゃないかとママ友と落胆の声をあげる。児童館の幼児の利用は4時まで。今日も早く解散で時間をたっぷり使える。馬橋神社に小学生が絵を描いた灯籠が飾られていてそれがキレイだという話を聞き、まだ明るいけどついでにということで見に行く。夏休みの始まりに神楽をやった神楽殿を子がじっと見ていて、ここでやったんだねと言う。またやりたいのだろうか。そうならばやらせてあげたい気持ちもあるけど、今の私達にはそれは贅沢なことだようなぁと気が咎めることでもある。解散して駅前の駄菓子のあるコンビニに行く。いくつか小さな菓子を買い、店を出る時にYouTuberのビックリマンチョコを発見。最近ツイッターで陽光くんが書いてるのを見て、ごっちゃんに関連する服を着ているYouTuberのシールがあるらしくごっちゃんが欲しがっているみたいだったので、元夫に連絡しつつ3つ買ってはやとちりへ向かう。ちょうど元夫は駅に向かうところで、外では普通に立ち止まってまで話してくれる。ビックリマンをごっちゃんに渡して、ついでにたんぽぽハウスに寄り道。入れ違いで出て行った人におや?と思って子も顔を覗かせると、やっぱり神楽の先生だった。普段の先生はいかにも高円寺らしい個性を併せ持ったおじさんといった感じで、ピンクの小さな自転車のサドルにピラピラとリボンをはためかせているような人だった。聞くと家は結構近いようだった。子が今日馬橋神社行ってきたんだよと話したので、本当はまだやりたいのかなと先生と二人で茶化して笑った。なんとなく良い日。

帰って思い出す、ランドセルが届いているのだ。子がそれはそれは喜んで、開けてみたけど汗かいたりの汚い服で背負うのは、今からまた保管するのに勘弁てことで眺めるだけ。家族がこんなことになるとは思いもしなかった頃、これだけの買い物を済ませておいて本当に良かったと思った。