どうにもならない日

こんなはずじゃなかった2020年からの生きる記録

2022年4月11日〜4月17日

4/11
毎朝一緒に家を出て見送っている。私はそのまま裏に回って自転車を乗りやすい場所に移動させる。そのついでに学校前の通りまでに自転車で行ってみるとまだ必死に歩いている子が見えた。一人で歩いてるなぁ、とまだ感動しちゃう。
まだ給食が始まらない。計画通りに学童はお休みにしているからあっという間に帰宅時間になる。午前保育の幼稚園と変わらない時間、送迎がないだけですごく時間と気持ちのゆとりがある。表に停めた自転車にまたがって待つ。例の隣りの家の子と帰ってきた。うちの学校は小規模校なだけあってか、ゆっくり慣らしていってくれている感じがする。ありがたい。区外の学校だともう給食がはじまっているらしい。部屋に入りランドセルを置いて、ふぅと一息ついたところで学童から電話、今日お休みですよね?学校から聞いてはいるけど確認です、とのこと。一覧に記入しただけで伝えた気になっていたのだ、休みなど連絡の仕方がまだ不充分だったのは私。先生は恐縮しながらの問い合わせで申し訳ないことした。昨日の友達から連絡、また公園に行くとのこと。兄の帰ってくる前の2時まで。レトルトカレーでお昼にして私達も向かう。遊んでいるとさっき連絡をくれた学童の先生が通りかかり話す。集団下校をしているからこの場合、学校には当日連絡、学童には事前に連絡しておかなきゃならないし、用件ひとつでもタイミングとか混乱しますよねという話。いやいや段取りは苦手ではないと思ってます。慣れていきます。先生はサーティーワンの大袋を自転車に積んでいて、近々行われる学童の歓迎会の日のおやつらしい。宅配とかでなく自分達の足で用意するんだとは知らなかった。児童館で遊んでいた幼児の頃、そこでよく話していた学童の小学生に、誕生会の日だとかにはサーティーワンを食べただとか聞いてはいて、学童のおやつって案外気が利いてるのね、と思ったことはよく覚えてる。それを我が子が食べる日がくるなんて、感慨深い。
2時過ぎ、八百屋に寄って帰ろうとしながら思い出した、おたふくの予防接種。入学にあたり健康調査票を提出するときに、おたふくの予防接種二回目をやっていないことに気づいた。任意の予防接種だけど就学前の一年で受けることを推奨されているもので、最後の最後2月の入学説明の書類に混じって「忘れていませんか?」といったダメ押しのチラシまで確かに入っていた気はするのだけど、その当初うちはコロナ陽性でそれどころじゃなかったのだった。先週かかりつけの小児科に連絡して今日の午後行くことは伝えてある。買い物したものを家に置いて再び外出、小児科へ。相変わらず乱暴な口調の先生ももう言うのも疲れたというように笑いながら、お知らせあったはずなんだけどなぁと言って、私は前述のようにコロナ陽性でそれどころじゃなかったからとずばり話して、皆が皆苦笑い。私のボロボロの母子手帳をみて先生は、ちゃんと直しておかないと、進学だとか一人暮らしするだとかの時に持たせてやるんだからと指摘してくれる。この手の作法がうちには無かったなぁとあらためて思う。保険の扶養のことや印鑑のことや。先生はその時になって聞かれても、一応7年は保管するように決められているのだけどと言いながら、だいたいその時うちがやってるかも分からないんだから!といつもの調子で怒るように言って笑っていた。自虐。おばちゃん看護師さんも気まずそうに笑う。私もヘコヘコしながら笑ってみたけど、確かに子はいつまでここに通うんだろうか。私もいつまでこの先生にこの子を任せられるんだろう。小児科を卒業する時についてまずは調べる日がいつかくるのだ。子はもう注射にも諦めはついている。ちゃっちゃと終わり、ほらシール何にするんだ、と言われてサッとプリキュアを選ぶ。あまり貰う人がいなかったのか、2シーズン前のプリキュアシール。先生も分かっていてこれはなんだか前のやつらしいぞと言ってくれるけど子はそれでもいいのだ。このシールシステムはいくつまでなんですか?と聞いてみると、先生も孫に戸惑うおじいちゃんの顔になって、おばちゃん看護師と顔を見合わせながら、大体7、8歳で要らないとか言い出すな、と話した。そんな子ども扱いしないでよ、みたいな顔して、今まで散々貰っていったくせにと言いながら笑っていた。えー、貰えるならずっと貰ってね、私が欲しいからね、と私は苦笑しながら子に囁いた。ついでに私が皮膚科に寄る。ビタミン剤を欲しいけどここでは常備されていないらしい。仕方ない、また隣区まで通うか。
家の階段の柵にケモノっぽい毛束があって、朝からちょっと気になっていたけど、もしかしたらもしかするとやはりネズミ。嫌だな。子が目にするのを怖がっているからどうにかしてほしい。明日可燃ゴミの日だから掃除のおじさんが来てどうにかしてくれることを期待する。郵便物、コロナで保険がおりる確定の知らせ。助かる。まだ寒い時期、籠るしかなく色んなものを勢いで買った。今ようやく体調も落ち着いていると体感できている。長かったなと思う。
夕飯はソーメンチャンプルー。コロナの救援物資でツナ缶が潤っている。この遺産はありがたい。あとパスタとレトルトパスタソース。助かっている。子が頬っぺたが痛いと言ってあまり食べられず、おたふくの予防接種が関係しているのか?と心配になる。が、よくよく痛い場所を問い詰めてみるとただの口内炎か。
寝る前にお父さんに電話、顔を見たいのか、ビデオ通話じゃないのに画面を見つめて何度もタップする。いじらしくて切ない。


4/12
朝、柵のネズミに恐れながら下に降りる。よく見たら階段には引きちぎられた足のようなものも落ちているではないか。見ない努力をしながら階段を行き来。今日の帰りは外で待たなくていいと言われる。確かにお友達が一緒なら必要ないなと2日目で分かった。今日は暑い。身体測定もあるから自分で着替えやすいように大きめのTシャツで行かせた。
お昼前、帰りの時間。迎えないけど上から覗こうとドアを開けると、ネズミの死骸、片付けどころか家目の前の柵に移動してきているじゃないか。どういうことだ。しかもハエがたかり出している。これはまずい。仕方なく不動産屋に連絡。他からも聞いてます?というとまだ何も聞いていなかったとのこと。これから撤収しに来てくれるらしい。即動いてくれることを珍しく思えちゃう信用ない不動産屋。ドアを何度も開け閉めして階段下を覗き込む。子の黄色い帽子が見えた。と思ったらどうやら隣りの子にまた話しかけにいったらしく建物の影に消え、再び姿を現しお友達に手を振って帰ってくるのが見えた。学校に行く装備がない子はまだ幼くて心配な目を向けてしまうけど、あの黄色い帽子とランドセルがあるだけで一人でも平気なことなんだなと安心できる。
昼ごはんのあとは図書館へ行く予定。小学生になっても水曜のお話し会は行こうねと言っていたけど、今月はなのか毎月なのかまだわからないけど、学童のイベントが水曜に集中している。明日が例の歓迎会でサーティーワンが食べられるのに行かないわけがない。今日のうちに返却して次を借りる。その前にファミマに寄り道。今日からシルバニアのキャンペーンで、対象商品を2個買うと第一弾はシルバニア絵柄のペーパーバッグ、第二弾がマスキングテープをもらえる。本命は第二弾だから今回はお試しに一度買うだけ。子もコンビニで買えるポイフルの大袋が嬉しいだけ。
図書館。マドレーヌのシリーズが良い。訳が瀬田貞二のものと江國香織のがある。ストーリーのせいか訳のせいかは分からないけど、やはり幼稚園の先生が言っていたように瀬田貞二訳が魅力なのはよく分かる。
キャンドゥなど買い物。気候もいいし仲良しのお友達と遊びたいねという話になり連絡をしてみていたけど反応がなく、でもせっかくだから公園に寄っていこうかと周り道していたら何とその公園にいた。連絡気がつかなかった、といって慌ててカバンからスマホを取り出していた。こうして気兼ねしなくてよいママと世間話をする生活が染みついているから、まだ子がお友達を求めてくれてよかったと心底思っている。一日の終わりに家族と共有することができないからこうしてちょっとでも話せないと、子育てが孤独になってもっと追い詰められてしまう。外は明るいから6時くらいまで遊んでしまう。
帰るとネズミは無くなっていてホッとした。だけど片付け方が雑、また柵に毛が張り付いてけばけばしちゃってる。触らないように気をつけるしかない。子は毎日思い切り過ごして疲れているのか、布団に入ったら早寝。
明日はついに私の矯正器具が外れる。なんだか寂しく思ってる。マスク生活で人に見せることは基本なかったけど、私はこれを個性に感じているところもあった。個性を矯正に頼っていたから無くなるのは本当に面白みのない自分になるんだなと思ってしまうあたり、あらためて自分は正当な美よりも余計なもので誤魔化すことに逃げがちなんだなと気がついた。


4/13
いい天気。子を送り出したあと、ブラケットのついた自分の口元を撮影。ほんとに寂しい。無個性に歯がきれいに並んだくらいでなんのメリットがあるというんだすら思えてくる。
10時、矯正歯科へ。ブラケットを削り落とされる。お別れ。久しぶりに自分の歯の舌触りを感じる。当たり前だけど何もない。やっぱりまだ寂しい。ワイヤーでがっつり歯が守られてる感があった。本来はそのまま保定をするんだろうけど私の歯はもうボロボロ。治療をしてから矯正のアフターケアになる。この先は数ヶ月に一回とか見てもらうだけ。ひとまず終了ですね、ということで先生はお疲れ様です、とクマの形に畳まれたハンドタオルをくれた。子どものよくあるご褒美みたいで、なんかちょっと嬉しい。また会いましょう、ということで私は早々に治療計画をたててもらうためにも11時半からは一般歯科。その前に皮膚科に寄りビタミン剤。まだ少し時間があるから公園でひと休み。順調。天気も良いし矯正が外れたわけだし、学校の新生活についての話とかできたら良いしと思い元夫をランチに誘うと、今から中野で打ち合わせだからその後でよければとのこと。言ってみるもんだ。
学童からメール。コロナ感染者が出たとの報告。新学期はじまり早速この洗礼。前ならハラハラしたかもしれないけど、今の私達はまだ抗体に安心しきっている。
11時半、一般歯科。矯正歯科で指摘されてた以上に処置が必要みたい。費用が怖い。気持ちが落ちる。いま使っている薬が無くなってきてまた別の皮膚科へ。1時過ぎ。まだ元夫から連絡はないし、OKで卵やおやつなどを買い帰り。薄々諦めておやつをむしゃむしゃ食べてもうすぐ3時、今日は無理だ、明日は?と元夫からようやく連絡。だと思った。明日明後日は仕事がある。天気も雨みたいだからまたねと言って終わり。私としては意地でも避けたいと思われていなかっただけよかった。
先日面接を受けた先から不採用の知らせ。まぁこれでよかったと思ってしまう。もうちょっと前向きにやりたいと思える仕事があったらいいのだけど。
4時、学童お迎え。今日はサーティーワンを食べたといって興奮気味。幼稚園時代からの学童仲間と一緒に出て公園に行きたがる。今日はまだ買い物があるけど仕方ない。鐘が鳴る5時をきっかけに終わろうと思っていたのに気がついたらしれっと5時。鐘が5時じゃなくなっているんだとハッとする。もうそんな季節か。どうにか解散してマルイの手芸屋へ。ちまちまと作るものが出てきてしまう。寿司が食べたいと騒がれてブロードウェイへ、地下の鮮魚店でまた値引きされている海鮮丼とにぎりを買って帰る。最近は他所の寿司も仕事目線で見るようになって寿司に対する知識はついたけど寿司で喜ぶというほどのことはなくなった。当たり前としての寿司。はじめての給食はどうだったのかというと、すっごく美味しい、おかわりしたとのこと。驚き。給食は配膳やらも全て時間内にやるから、一年生のはじめの頃はなんやかんや食べる時間が短くて食べ終えれなかったりするものだと幼稚園の頃噂に聞いて心配だった。普通に食べられるはずの子だってそうなのだ、幼稚園で毎日のように最後まで食べていたような子は、先生からも就学でとにかくそのことを気にかけらていたくらいだったのだ。しかも我が子は早速給食当番。それがおかわり。カレーだからか。一年生のはじめての給食の日はカレーがお決まりらしいことは聞いていた。ちょうどツイッターでも話題になっていてそれは全国的な取り組みだったことも知る。時間内に満足に食べられてよかった。給食問題はひと安心。
帰って他にも今日のことを報告してくれようとランドセルを開けて算数のノートが無いといって慌てている。学校に置いてきているに違いない。でも無かったらどうなるの?と聞いてくるから新しいの買うしかないねと言ったら、大事な紙が貼っているのにといって半泣き。今日は先にお風呂。お風呂でもノートのことをずっと気にして、夜寝る前もノートのことが不安で泣く。


4/14
朝から雨の見送りは初めて。カッパに長靴に傘。そのうちカッパは要らない、長靴カッコ悪いってなっていくんだろうな。だとしても、長靴は可愛いのを買って履くことを維持させたい。ズルして裏口から登校してみるとすっごい近い、坂が無く道も平坦でラク。ただ子ども一人で裏口は門があるのが引っかかる。どうせ毎日見送るならこの道でもいい。学童も併せて通学路の見直しをしようと思う。
子に合わせて朝ごはんが早いとパート中にお腹が空いてしまうからおやつ食べてから行く。小雨になって自転車で行く。今月は徹底して調理仕事を覚える。やってみると中の方が嫌じゃないかもしれない。常に作業があって飽きない。帰りは雨やや強め。
学童から今日もメール、昨日に引き続き陽性者が出たと報告。疫学調査により濃厚接触者はいないというテンプレ無意味。受け取る側は本当に接触者がいないだなんて誰も思ってない。どこだって追求してたら何も進まなくなるからテンプレつくって蓋してやり過ごす。溢れ出した時がようやくその時。今はただ見守るしかない。歩きで迎えに行く。先生に連日大変ですねとひと声かける。でもうちはもうやってるので今はそんな気にならないです、とも伝えておく。一人でも少しでも負担を軽くできる情報だったらいいかなと思いながら。子にさんすうのノートどうだったの?と聞いたら、それがなんと先生が持ってたの!とのこと。皆んな忘れてて皆んな困ってたよと言って笑っていた。子どもってそんなことも忘れて分からなくなっちゃうんだな。八百屋とオオゼキに行きつつ、再び学童ルートに戻って通学路の確認。こっちの方がいいかもと言い出した。でも最短で高低差が楽で危険を避けられやすいルートはどこか、私もまだ探り探り。
今日の給食も最高だったと言って、時間割よりも献立表を念入りにチェックしている。うちの夕飯は昨日ブロードウェイで買った安焼き肉。


4/15
今日も朝から雨。歩きでパートへ。入学してから保護者会がわかったために今日は急遽早あがりにシフトをかえてもらった。それは絶対行った方がいい、嫌なこと押し付けられちゃったりするから!とベテランパートも味方になってくれて良かった。
雨、歩いて保護者会へ。人数が多いため体育館で集まりがある。それでも最終的にはクラスに分かれて自己紹介時間があった。志して選んできたわけではないただ学区だというだけのメンツだから当然まとまりがあるわけでもない、けれど幼稚園保育園だか習い事だか、上の兄弟の関係だかでなんとなくグループが出来上がっていて、しんどい気持ち。意外だったのが父親が参加の家が思った以上にいたこと。しかも仕方なしにいるのではなく積極的な雰囲気。役員関係はスルスルと決まった。この場を借りて話をしたいというお母さんが出てくる。トランスジェンダーの話。分かりやすく書いたボードを用意してくれていて自分の子がどのような状態にあるかを説明してくれた。すでに不思議に思った方もいらっしゃるかと思いますが、とのことだけど私は今日までの間で我が子からは何も聞いていなかった。本人のことは〇〇くんだとか〇〇ちゃんだとか何と呼ぶのが良さそうか、何と呼ばれたがっている?と質問した母がいた。本人は自分をしっかり持っているようで呼び方ひとつにこだわらなそうな話ではあったけど、私としては〇〇ちゃんがどちらともなく呼べるからいいなと思った。帰り際、その質問した母は、うちの子が〇〇くんていう女の子がいるって言ってたから、そういうことだったんだねとのことだった。予定の4時を過ぎてお迎え。集団で顔を合わせるだけでなんだか非常に疲れた。

子が中休みにお花の絵を描いたと言って折り紙の裏に細かい花の絵、まだまだ余白があると思ったら途中だからといって、それから毎日そこに違うデザインの花の絵が追加されていて楽しかった。みんなお絵描きしているの?と聞いたら、走り回ったり色々していていいらしい。休み時間に一人熱心に絵を描いている子の姿を想像して愛おしくなった。


4/16
連日の雨で溜まった洗濯物を無理に干してストレス感じるくらいならランドリーに行って数百円で乾燥させるほうがずっといい。ひと通り朝のアニメを観てから子と歩いて信号を渡ってすくのランドリーへ行く。ちょうど空いていてよかった。20分、近くを散歩することにした。歩いてタンポポの綿毛を摘みながら公園まで。20分はすぐだった。
帰ってなんだかんだでもう午後2時過ぎ、お腹も空いている。綿毛をチャイ屋さんに見せるんだと子が言い張るけどそんな距離無理、綿毛もたない。自転車で風になびかせながら北中通りまで。カレー屋さんで遅いランチ。子がセットのマンゴーラッシーをひと口飲んでなんかシュワシュワすると。おかしい。私も味見する。確かに微かにシュワシュワする。混ぜるものをオレンジスカッシュ的なものと間違えたのか?作っていた見える冷蔵庫を見に行ったけどそんな感じのものは無い。信じたくないけど悪くなっているのかも。飲むのをやめさせて言葉もいまいち伝わらなそうな店員さんに言う。マンゴー無しのラッシーに変えてもらって飲んでみる。こっちは大丈夫。やっぱりマンゴーがダメだったのだと思う。戻ってきたオーナーだか、とにかく上の立場らしき人にも言ったけど特に気にした様子はなく、この店安いし良いと思っていたけどなんだかもう来るのがちょっと嫌になった。その足で子がチャイ屋さんに駆け込んでいく。ごっちゃんのところには元夫も当たり前のようにいて女の子と調子よくお喋りしてる。そんな暇があるのか!と瞬間で怒りが湧く。そのまま引き返して一人でトレファクまでブラブラ買い物に行き衝動買い。まだ止まない怒りに任せて元夫に連絡、そんな暇があるなら私は帰るから子を家に送って来てねと言うと、いや今から打ち合わせなんだよとのこと。打ち合わせは分かったけどその前にごっちゃんのところで過ごしている時間はなんなんだろう。少しでも余裕があるならどうしてそこで子どもを想わないのか。四六時中私一人が子と過ごしていること、それを誰も気にとめてくれないことにたまらなく怒りが渦巻くことがある。手がかかるというわけでなくても一人の半人前を、環境により複雑な感情をもつ成長過程にいる者を、一人で一手に受け止めなくてはならない精神的負担を想像することもないのか。元夫の時間の流れのなかにもはや置いてきた子どもの姿はないみたいで残念というか悔しいというか虚無。その少しの時間でも気にかけてあげれば子はうれしいはずだからね、と電話口で伝えてその場へ戻る。おっちょも来ていて皆んなでおしゃべり。元夫はバツが悪そうに何度も時間を確認しながらしばらくして去っていった。お腹に嫌な予感。カレー屋のせいかと思えてくる。引いたかなと思うと再び波がくる。これはダメだ、子を引きずるように撤収させて帰宅。お腹にダメージ。夜まで続く。ひとり親は体調崩すことも許されない。こんな時もひとり親の辛さに泣きたくなる。私のことは放っておいてくれていい、というか放っとかれたいのに、子どもと一対一では逃れられない。子が、大金持ちになって皆んなで住める家が欲しいんだとか言って語る理想の家を聞いているとどうやら今の家が問題でお父さんがここにいないんだと思って、大きな家なら皆んなで暮らせると考えているようだった。そんなことばかり聞かされて、現状弱った私が何も言えずにいると部屋は荒れ放題で、こんなんで体調よくなるわけない!と絶望すらする。マイペースにいられず息を切らすようになんとか一日を終えて就寝させた。元夫と電話。口をひらけばいかに仕事が大変か、大変さのマウントとるように自分のことを言っていて悲しくなった。子育ての辛さを他と比べるなんて、人の心と向き合うことをわかっていなすぎて、この人を親としている子が不憫でたまらなくなった。でもそれはそう、分かるようなことではなく皆んな無意識。だからこそそれなりに形だけでも家族としてどうにか成り立たせているようなものがほとんどだと思う。私が口を開くたびに、他に話せる人いないの?などと言ってくるけど、親だからこそ響くものがあるだろう話を他の誰に求めろというのだろう。そして私はそう言われてみたら外には不満を言っていないことに気がついた。シングルだからこそ他所には辛いことを言えなくなって、外では全く不満ない子育て生活しているようにニコニコしている。他所の家庭の不満話を聞いても、大人が他にいるだけいいじゃないかとしか思わず共感もしてあげられない。元夫にも子どもの話をしたところで何も響かないにしても、苦労自慢するのではなく「子育てごめん、お疲れ様」くらい言ってもらえればまだ救われるように思う。


4/17
デリシャスパーティプリキュアが再開した。子がスペシャルも良かったのになぁと言っていた。私はデリシャスなら観ていられる。
今日はイースター礼拝。朝から献金袋をせっせと作りつつ、ダラダラ支度をしていたらギリギリ時間。慌てて園の礼拝堂に駆け込んだ。結構お友達が来ていてホッとする。イエス復活のお祝い、ひとりひとり香油を手の甲につけてもらい讃美歌を歌った。私は食わず嫌いしていたけど知ると讃美歌のメロディーはなかなか良いものだった。久しぶりに会えたお友達皆んなで懐かしい近くの公園へ行く。学年が違う同じ小学校の子もいて、母達でその子から学校の話を聞く。給食は肉より魚が多いということを知る。誰かが帰ると言い出すと我が子もすんなり帰ると言った。礼拝の後マックに行こうと話してあったからだ。朝マックの時間だと思ってそう言っていたけど、もうお昼になる。でも仕方なくハッピーセット。今週からサンリオグッズになったから私も簡単に折れてしまう。
一度帰って今日は陽光くんの展示販売に行きつつ新大久保に行く。子はとにかくずっとハットグを食べたがっていた。午後3時すぎ新宿着。久しぶりだからH&Mへ。小さい頃はよく服を買っていた。子は服よりもここに来るとなぜか走り回って服の間に隠れていたりしたけど、もうすっかり自分で服をみてあれがいいこれがいいと言うようになっている。ロンTとセールになってたスカートとバケットハット、コーディネートにはならないバラバラアイテムを購入。ケアベアのポシェットが可愛いかったけど、もっと小さい子向けサイズだったので歯を食いしばりながら断念。ようやく眼科画廊へ。決して朗らかではないような街中を歩いていく。子がもう大久保に行きたくて行きたくて落ち着いてくれず滞在時間はものの5分ばかり。子がちゃっちゃと自分のTシャツを選んでおしまい。高円寺のうちから近い子ども服屋さんに卸すことになったという話はすでに知っていたけどそのことだけ話題にして退散。確かに、ただでさえ平和な幸せそうな家族を目にするだけで萎縮しちゃうからそんなに話すこともないけど、せっかく来たのにこれはこれで悲しい。大久保はすごい人。こんな環境でどう子どもが過ごせているのかは気になる。そんな話も聞きたかったけど、元夫はすでに陽光くんの家に呼ばれたこともあって、そんな話を聞いたから余計に私は距離をとりたくなる、とらなきゃいけない、ような気がしてしまう。行列の店は避けてレインボーハットグのある店をみつけて買う。子はペロリと食べてしまった。ドンキで韓国の菓子、沼ハマで観ただとか子の方が詳しい今どきの映えグミなんかを買う。私も良く分からない韓国の菓子を雰囲気にのまれながら選ぶ。竹下通りなんかもそうだけど、ここに来ると流行りに流されるというのも楽しいと吹っ切れられるのが心地よい。あれはこれはと言いながら練り歩き、ネパール惣菜が売っている八百屋でお弁当と惣菜、果物なんかを買って帰る。実は近いのになぜかなかなか来れずにいる。今日は良い思いが出来たらしく、また来よう!と帰りの電車で子が喜んでいた。高円寺着、ごっちゃんのところへ。また元夫がそこでおしゃべり、関係のない女子もいるから打ち合わせだとでもないわけで、いちいちそうした時間を過ごしているのを目の当たりにして心のなかは煮えたぎる。そのまま帰って私は子の一週間分のランチョンマットや着替えバッグなどにアイロンをかけたり、その間子は一人きりでごはんを食べていて、その状況に居た堪れなくなって悔しくなる。そのうち、なんで自分は一人なんだ、こんな時お父さんがいれば、と子が思ってしまわないようにと私はさらにピリピリする。寝ても覚めても二人の世界でやり繰りしてる。それなのに。さっきの元夫の姿が頭から離れず怒りをぶつけるように怒涛のメッセージをしても既読にもならない。あそこでくっちゃべってるだけなのに?そこに私の気も知らないで真っ直ぐに求めてめちゃくちゃ絡んでくる子にもイライラが限界、もうひと押しされたら完全に八つ当たりの言葉を発しそうになるのをギリギリ耐えて耐えて、その分元夫へ発散し続ける。ひとり親というだけで何もかも標準以下になっている気がしているから悔しくてたまらない。限られた特別な人でなく凡人はただの社会で生きていかなきゃならないのに、シングルというだけで受け入れられる間口は狭い。結婚がうまくいかなかった自分が信用ない人間とされているような気になる。確かによく考えてみれば、子どもというハンデだけあって助け合えるパートナーがいないような人間、厄介で誰が使うのか。絶望しかない。そんな夜、いつもファンシーグッズを買っているアヤちゃんとしめちゃんが入学した子に向けてメッセージをくれた。アヤちゃんの子どもに宛てたメッセージは全部ひらがなで、句読点でしっかり区切っていて、スマホを通じてでもちゃんと子どもに向けて伝えようとしてくれているの分かる。それを目にしただけで涙が溢れてきた。「あなたはまるで、みんなのたいようみたいです。」「こまったときは、みんながめーちゃんのみかたです。もちろん、ぼくもそのひとりです。」味方、という言葉に一段と大きく嗚咽が漏れる。絶望的ないまの私にはない優しさを与えてくれる人がそこにいる。子がそうして人から想ってもらえることが何よりも私を落ち着かせてくれた。「げんきな、たいようの、めーちゃんへ。」そういってもらえている子も、この現実を知ったら人が変わってしまうかもしれない。いまはまだ私が事実を隠して全てを曖昧にして空想とごちゃごちゃの世界に生きさせてあげてるから素敵な子でいられるのではないかと思った。そのうち、昔は良い子だったのにと皆んなから囁かれたりして、いままで出会った人とは気まずくなって疎遠になっていって人間不信になって孤独な人生になるかもしれない。「自分がいま生き生きと暮らせているとしたら、その裏にはそんな人生を生きていく羽目になる人がいることを考えてみてほしい」と元夫に突きつけながら、一人でも今のままの子を守ってやるんだとあらためて心に闘志を燃やした。